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3.1 破られるべくして破られた誓い

「今度こそ、絶対にやめる」

あなたは今までに、何回この言葉を口にしたでしょうか。そして、何回破ったでしょうか。

安心してください。私も数え切れないほど破りました。そして今なら分かります。あの誓いは、破られるべくして破られたのです。

そもそも、意志とは何なのでしょうか。どうしたら、その「強い意志」を持てるのでしょうか。

3.2 意志は、波の形状をしている

意志は、波の形状をしています。ここで言う意志とは、ギャンブルをやめる意志のことです。

意志は、強くなったり弱くなったりします。0か1ではありません。例えるなら0から100まであって、その間を増減します。

たとえば、ギャンブルをやめたいと思っている人に、「やめる気、あるの?」と聞いたとします。有るか無いかの、0か1かの聞き方です。これは、あまり良い聞き方ではありません。本人からすれば、あることはあるんです。0ではないのですから。だから、「やる気があるからやめようとしてるんですが」みたいな衝突を起こすのです。

だから私は、「少し、足りないのかもしれないですね」という言い方をします。実際これで、相手の気を悪くしたことはありません。

意志の話に戻します。当然、意志が強いときは、ギャンブルをしてしまう可能性が低くなり、逆に、意志が弱いときはギャンブルをしてしまう可能性が高くなります。

そして、意志の強さのラインとは別に、ギャンブルをしたくなる気持ちの強さ——衝動のラインが存在します。

要は、この二つのラインが離れていれば離れているほどギャンブルはやらずに済みますし、近ければ近いほどギャンブルをしてしまう可能性が高くなる、という感じになります。

そして、意志は常に一定ではありません。日々減少し、時折回復して、また減少してというループを繰り返しています。

意志が強まるきっかけは、いろいろあります。テレビで見た依存症のノンフィクション番組。スマートフォンに流れてきたモチベーションアップの動画。そして、ギャンブルで負けたとき。私たちのやめる意志は、こうしたもので簡単に上がりますが、一方で時間経過とともに減少するのです。

想像してみてください。あなたはパチンコで大負けしました。帰り際、店員に笑われたような気がして、イライラは最高潮。「もう二度とやらない」。このとき、やめる意志の力は100です。家に着く頃には少し落ち着いて、90になっています。ふと、さっきやめた台がその後どうなったか気になって、データサイトを開きます。どうやら、やめ時は正しかったようです。あの後も出ていない。少し許せる気がして、意志の力は80。もう自分には関係のないことだと、サイトを閉じて、寝ることにします。朝、起きます。いい朝です。昨日の大負けの気持ちは、もうだいぶ落ち着いています。意志の力は50まで下がっています。出勤して、仕事の帰り道、昨日のパチンコ屋の前を通りかかります。意志の力は40。——あとは、ご想像のとおりです。普通に、パチンコ屋に入ってしまうのです。

これは、私のパターンです。大なり小なり個人差はあっても、似たり寄ったりのはずです。ほとんどの場合、寝て起きたら、やめる意志は劇的に減退しているのです。

3.3 意志でやめる方法の欠陥

意志でやめようとしても、ほとんどが失敗します。意志でやめようとすることは、意志の本質を見誤っているのです。理由は、2つあります。

第一に、意志はキープできません。

これはギャンブルに限った話ではありません。引き締まった体のモデルの写真を見て、「この人のようになりたい」と筋トレを始めたとします。その時点で、意志は最高潮です。しかし日に日に意志は減退し、やがてダイエットも筋トレもやらなくなる。意志は、持つことよりも「キープすること」が難しいのです。

第二に、意図して強い意志を持つことができません。

考えてみてください。ギャンブルをやめようという強い意志は、どんなときに湧いてきたでしょうか。大負けしたとき。家族に泣かれて、自分を見つめ直せと言われたとき。カードローンが上限いっぱいになったとき。——いずれも、心に強いストレスがかかる出来事が引き金です。つまり強い意志は、意図しない偶発的なイベントによってもたらされるものなのです。

「やる気が減ってきたな。そろそろ足しておくか」と、都合よく意志を追加できるでしょうか。できません。モチベーションの上がる動画を毎朝見るようにしても、子どもを悲しませてしまった日の写真を見返すようにしても、その効果は、だんだん薄れていきます。

まとめると、こうなります。意志の力は、時間の経過で減少していく。そして、都合よく加算することはできない。だから、意志ではやめられない——私はそう考えています。

意志と衝動の距離モデル

そもそも、意志の力でやめられるなら、あなたはとっくにやめられているのではないでしょうか。

3.4 意志の力の弊害

意志は、高ければ高いほどいいというわけではありません。高ければ高いほどキープが難しく、より速いスピードで減少するように感じます。

コミュニティに参加し、自分から積極的に発言し、やれる対策は全部やる。話をすると、やめられるという自信に満ち溢れている人が、たまにいます。

しかし、私の心は少しざわつくのです。その気持ちがすぐに途切れてしまうことを、経験から知っているからです。2、3日は積極的に発言をしますが、そのあとはめっきり減ります。しょうがないのです。私たちがすることは、ギャンブルをしないこと。つまり、ある程度の対策をしてしまえば、あとは何もすることがないのです。それが、やめる意志の低下に拍車をかけます。そうしているうちに、スリップしたり、コミュニティからいなくなってしまうのです。

3.5 衝動の側にも、波がある

意志は、波の形状をしていると説明しました。そして、ギャンブルの衝動のラインもまた、一定ではないのです。

人にはそれぞれ、ギャンブルをしたくなるタイミングがあります。

ボーナスが入ったとき。お盆などで家族が帰省して、一人になるとき。年末調整で、ふと手元に現金が入ったとき。

給料日。「7のつく日」のようなイベント日。忙しい時期を乗り切って、少しほっとしたとき。そもそも予定のない休みの日。

パチンコ屋の開店時間前、メインレースの発走前は、衝動が高まるタイミングではないでしょうか。

このように、ギャンブルの衝動が高まる時期、周期、一日の時間帯があり、衝動の波もまた、意志と同じように一定ではないのです。

つまり、スリップする日というのは、意志のラインが下がったところに、衝動のラインが上がってきて、2本が重なってしまった日のことです。

ここから、大事なことが言えます。2本のラインの距離が、そのままスリップの確率だということです。離れていれば離れているほど、重なる日は来にくい。近ければ近いほど、ちょっとしたきっかけで重なってしまう。対策とは、この距離を開けておくことなのです。

3.6 衝動の波は、コントロールできる

であれば、どうするのか。意志の力ではやめられないと書きましたが、厳密に書くと、意志に頼る方法は、その意志を自分でコントロールできない以上、自分の力でやめていることにはならない、ということです。

しかし、ギャンブルをやめるためには、意志が必要です。意志がなければ、ギャンブルをしないという意思決定ができません。

ではどうしたらいいのでしょうか?衝動の波は、意志と違って、コントロールできます。厳密に言うと、衝動のラインを下に追いやることができるのです。

たとえば、財布に自由に使える現金が入っていたら、どうでしょうか。ギャンブル衝動の高まりを感じると思います。逆に言えば——財布に余分な現金が入っていなければ、衝動はある程度抑えられます。であれば、財布に余分な現金を入れなければいい、というわけです。

この本では、こうした衝動を抑える行動・取り組みを総称して「対策」と呼びます。

ギャンブルは、意志ではやめられないと説明しました。つまり、ギャンブルをやめるには、対策によってやめるしかないのです。

3.7 対策が取れるのも、意志の力による

対策は、いつでも自分の意志でできるものではありません。ギャンブルをやめるための対策をするという行動自体も、意志の力が高まっているときにしかできない、ということです。

たとえば、あなたはパチンコを打ちながら、やめる対策を取れますか?打ちながら、スマホにキャッシュレスアプリを入れたり、YouTubeのお気に入りのパチンコチャンネルをブロックして回ったり——できますか、という話です。大負けして残り数千円、「これで負けたら一生やめよう」という心理状態なら、もしかしたらするかもしれません。でも、間違っても、大当たりの最中にそんなことをしている人はいないでしょう。つまり、対策には「できるとき」と「できないとき」があるのです。そして、その境目を分けているのは、ギャンブルをやめる意志の強弱です。

つまり、意志が満ちているときほど、効果の大きい対策が取れて、衝動と意志の差が縮まるほど、取れる対策は小さくなっていきます。たとえばパチンコには「自己申告プログラム」という、店に申請して自分を出入り禁止にしてもらう方法がありますが、店に赴いて申請書を出す必要があり、なかなかハードルが高い。負けた直後なら出す気持ちがあっても、「次の休みに持って行こう」と思っているうちに意志は減少して、その日が来たときには、提出する力が残っていない——そんな具合です。

このように、対策を取れるかどうかも、意志の波に支配されています。パチンコに負けて後悔している夜は、対策が取れます。でも一晩寝て、朝起きて、開店時間が近づいたころには、もう対策を取ることはできなくなっています。だから、対策は波が高いうちに打つ。この本を読んでいる今が、そのときです。

「自分のペースで」とか「ゆっくりやっていきましょう」というのは、もったいないのです。できることは、一気にやってしまうのがいい。スリップして落ち込んで、ご飯が喉を通らない——そんな辛そうな仲間に、あなたなら何と声をかけますか。「まずはゆっくり休んで」と言っていませんか。もしかしたら、今の状態でしか取れない対策があるかもしれません。今やることは、少し苦しくても休むことではなく、対策を取ることなのです。

3.8 意志の特性を知ることが対策になる

先ほど、年間・月間・一日の中には、さまざまなスリップしやすい時期、タイミングがあると書きました。長年ギャンブルに苦しんでいれば、自分の危ういタイミングは、ある程度分かってくるものです。毎年ボーナスのほとんどをギャンブルに吸われているなら、ボーナスの時期に衝動が高まることを、私たちはすでに知っています。

つまり私たちは、ギャンブルしそうな時期を前もって予見できるのです。

であれば、その予見を活用しない手はありません。

そして活用するためには、「意志は減少する」という認識を持っておく必要があります。なぜなら、今なら取れる対策は、実際に必要なときには、すでに取れなくなっているからです。

では、具体的にどうするのか。ボーナスなら、前もって使い道を計画しておく。これも立派な対策です。

そして、考えてみてください。その対策は、前日になったら、もう取れません。ボーナス支給日の前日なら、使い道を考えるどころか、明日どの台を打つかの勉強が止まらないかもしれないのです。

3.9 スリップのメカニズム

先ほど、意志のラインと衝動のラインの距離が、そのままスリップの確率だと書きました。では、その確率は実際どれくらいのものなのか。ここでは、数字で見ていきます。

スリップ——ギャンブルをやめていた人が、またやってしまうことを言います。ギャンブルをやめられる確証は、誰にもありません。どれだけ回復が進んでも、スリップしてしまう可能性は、完全にはゼロにならないからです。

仮に、1日をギャンブルしないで過ごせる確率を、399分の398とします。つまり、1日あたりギャンブルをしてしまう確率は、399分の1です。見たことのある数字ですよね。パチンコをする人にとっては、切り離せない数字です。そして私たちは、これが「なかなか自分のところに訪れない確率」だということを、知っています。

では、計算してみましょう。1日あたり399分の1の確率でスリップする人が、1年間やめ続けられている確率は——約40%しかありません。つまり、1年以内にスリップする確率は約60%。5年以内なら、約99%。「めったに引けない」はずの399分の1でも、毎日引き続ければ、数学的には、ほとんどの人がスリップしてしまうのです。スリップしてしまう確率が0でない限り、これは実際に起こり得ることなのです。

確率をさらに下げてみます。今度は、8192分の1にしてみましょう。パチスロを打っていた人なら、馴染みのある数字です。あの数字は、「めったに引けない」ことの代名詞です。この場合でも、計算すると——1年で約4.4%、5年で約20%、10年では約36%になります。5人に1人は、5年以内にスリップする。10年なら、およそ3人に1人。一回きりの人生を生きる上で、この確率ですら心許ないことが、分かると思います。

そして、やめるとは「やめ続けること」ですから、試行回数は積み重なっていきます。スリップの確率が0にならない以上、その「めったに引けない」が、現実的な不運にまで育ってしまうのです。

今日だけを見れば「まず起きない」。でも本当に問われているのは、「この先の何千日のどこか」です。

この事実から言えることが、2つあります。

一つ。スリップは、運悪く起こります。やめ続ける限り試行は増え、その不運は、誰にでも訪れ得ます。引いた人の資質や本気度の問題ではなく、確率の帰結です。だから、スリップした人を責める意味はありません。それがあなた自身でも、です。そして、確率がいつか現実になったとしても、それは終わりではありません。次の日からまた、確率を下げる日々を積み直せばいいのです。

もう一つ。対策の意味は、この確率を下げることにあります。意志のラインと衝動のラインの距離を、開け続けること。工夫の重ねがけで1日8192分の1を10分の1に下げられれば、10年でスリップする確率は約36%から約4.4%まで落ちます。

ここまで、意志ではやめられないこと、やめるには対策しかないことを書いてきました。次の章では、その対策——工夫の話をします。

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